白峯神宮 その9

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その9 白峯神宮(しらみねじんぐう)その9 2010年1月17日訪問 白峯神宮 白峯神宮 その8では、幕末維新期の白峯神宮創建に尽力した中瑞雲斎の前半生について書いてきた。この項では神宮創建後に生じた瑞雲斎に関する事件について調べてみる。 明治2年(1869)正月5日、新政府の参与・横井小楠が京都寺町通丸太町…

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白峯神宮 その8

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その8 白峯神宮(しらみねじんぐう)その8 2010年1月17日訪問 白峯神宮 2011年6月18日撮影 白峯神宮 その7では、幕末維新期の白峯神宮創建の経緯について「孝明天皇紀」(平安神宮 1981年刊)慶応2年(1866)11月16日の条を中心に見て来た。この項では白峯神宮創建を目指して奔走した中瑞雲斎の…

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白峯神宮 その7

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その7 白峯神宮(しらみねじんぐう)その7 2010年1月17日訪問 白峯神宮 2011年6月18日撮影 白峯神宮 その6では、崇徳天皇の鎮魂のために造営された崇徳院廟の所在地の特定について見て来た。この項では、幕末維新期の白峯神宮創建の経緯について調べてみる。上御霊神社 南門 崇徳上皇の怨霊鎮魂に一番熱心で…

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白峯神宮 その6

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その6 白峯神宮(しらみねじんぐう)その6 2010年1月17日訪問 白峯神宮 拝殿から本殿を望む 白峯神宮 その5では、崇徳天皇の怨霊伝説の始まりから鎮魂のための崇徳廟の造営について見て来た。この項では、応仁の乱で失われた崇徳院廟がどこに所在していたかについて考えてみる。 元暦元年(1184)4月15日に遷…

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白峯神宮 その5

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その5 白峯神宮(しらみねじんぐう)その5 2010年1月17日訪問 白峯神宮 拝殿 白峯神宮 その4では、鳥羽法皇崩御後の崇徳天皇と保元の乱の戦場となった白河北殿と院政政治の中心となった白河街区について見て来た。この項では崇徳天皇の怨霊伝説の始まりから鎮魂のための崇徳廟の造営について調べてみる。 保元元年(…

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白峯神宮 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その4 白峯神宮(しらみねじんぐう)その4 2010年1月17日訪問 白峯神宮 2011年6月18日撮影 白峯神宮 その3では、では白峯神宮の最初に祭神となった崇徳天皇について、鳥羽法皇との関係を中心に近衛天皇の崩御と後白河天皇の即位まで見てきた。この項では鳥羽法皇の崩御から保元の乱までの経緯、そして崇徳上皇…

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白峯神宮 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その3 白峯神宮(しらみねじんぐう)その3 2010年1月17日訪問 白峯神宮 御由緒 白峯神宮 その2では、天武天皇以降の皇統の継承ともう一人の祭神である淳仁天皇の生涯とについて見て来た。この項では最初に祭神となった崇徳天皇について調べてみる。 白峯神宮の祭神である崇徳天皇は、保元元年(1156)7月に起き…

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白峯神宮 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 その2 白峯神宮(しらみねじんぐう)その2 2010年1月17日訪問 白峯神宮 2011年6月18日撮影 白峯神宮では、その周辺の地で起きた歴史的な事柄から白峰神宮の創建の経緯までを記した。この項では後に祭神に加えられた淳仁天皇について書いていくこととする。 先ず淳仁天皇に至る皇統を見ていく。第38代天智天皇…

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白峯神宮

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 白峯神宮 白峯神宮(しらみねじんぐう) 2010年1月17日訪問 白峯神宮 今出川通に面した鳥居と神門 上立売通から今出川通に向かい油小路通を南に下っていく途中の東側に本阿弥光悦京屋敷跡の石碑が建っている。この地にあった本阿弥家の屋敷について、本阿弥光悦京屋敷跡、その2、その3の3回に亘って、本阿弥家の成り立ちから室町…

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水火天満宮

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 水火天満宮 水火天満宮(すいかてんまんぐう)2010年1月17日訪問 水火天満宮 堀川通に面した鳥居 上京区扇町の大応寺の左隣には水火天満宮の鳥居が建つ。 水火天満宮はその名称から分るように、菅原道真を祀るために創建された神社である。旧村社、社殿によれば、延長元年(923)6月25日、醍醐天皇の勅願により菅原道真の神霊…

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宗旦稲荷

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 宗旦稲荷 宗旦稲荷(そうたんいなり) 2010年1月17日訪問 相国寺 宗旦稲荷社 相国寺の経蔵北側の後水尾天皇髪歯塚に続き宗旦稲荷に参拝する。 法堂の東側、塔頭・光源院の向かいに洪音楼とよばれる大きな鐘楼がある。元の鐘楼は天明8年(1788)1月30日の大火で焼失している。「相国寺史稿」(「相国寺史料」(思文閣 19…

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上御霊神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 上御霊神社 上御霊神社(かみごりょうじんじゃ) 2010年1月17日訪問 上御霊神社 本殿 閑臥庵の山門前を過ぎてすぐに鞍馬口通を南に折れる。閑臥庵を含めてこの辺りは北区新御霊口町で、寺町通より西側の鞍馬口通の両側町である。複雑なことに、この北区新御霊口町の南東、西園寺の寺町通を挟んで西側には上京区新御霊口町がある。そ…

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梨木神社 その7

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 梨木神社 その7 梨木神社(なしきじんじゃ)その7 2010年1月17日訪問 梨木神社 神門より二の鳥居を望む 梨木神社 その6は京都を舞台とした一橋派の裏面活動の前半である。これを表側の交渉と合わせてみると何を目的にしていたかが明らかになってくる。 正月17日に、主上は関白・九条尚忠に対して宸翰(「孝明天皇紀 第二」…

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梨木神社 その6

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 梨木神社 その6 梨木神社(なしきじんじゃ)その6 2010年1月17日訪問 梨木神社 本殿 梨木神社 その5でも触れたように、安政4年(1857)12月8日、幕府は朝廷に対して外交事情を奏聞するため林大学頭復斎と目付の津田正路へ上京を命じている。これは日米和親条約から新条約締結への交渉経緯とハリスによって齎された重大…

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梨木神社 その5

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 梨木神社 その5 梨木神社(なしのきじんじゃ)その5 2010年1月17日訪問 梨木神社 本殿 梨木神社 その4では、天璋院篤姫入輿後の経過と政情の変化について記した。安政4年(1857)の年末、遂に島津斉彬の命を受けた西郷吉之助が橋本左内を訪ねている。この項では橋本左内の江戸における運動の展開について記す。 安政4年…

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梨木神社 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 梨木神社 その4 梨木神社(なしのきじんじゃ)その4 2010年1月17日訪問 梨木神社 拝殿 梨木神社 その3では、関が原の戦い以降の徳川家と島津家との関係から島津家からの将軍入輿までの説明で終わってしまった。このまま天璋院篤姫が選ばれた経緯から実の父である島津忠剛の死去、御所の炎上そして安政大地震の発生による繰延べ…

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梨木神社 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 梨木神社 その3 梨木神社(なしのきじんじゃ)その3 2010年1月17日訪問 梨木神社 神門 梨木神社 その2では、三条実萬、実美父子の事蹟を書いて行く上で参考とすべき史料から始め、安政の大獄の契機となった継嗣問題について書いてきた。この中で、天璋院入輿と将軍継嗣問題の関係について、「どちらが後か先かは判別が難しい」…

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梨木神社 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 梨木神社 その2 梨木神社(なしのきじんじゃ)その2 2010年1月17日訪問 梨木神社 一の鳥居から二の鳥居を眺める 今はこの光景を見ることができない 大久保利通旧邸でも少し触れたが、昨年末に今まで撮影してきた全ての画像データとブログを書くために参考にした文献のスキャニングデータを格納していた外付ハードディスクが破損…

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京都御苑 厳島神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都御苑 厳島神社 京都御苑 厳島神社(きょうとぎょえん いつくしまじんじゃ) 2010年1月17日訪問 京都御苑 厳島神社 白雲神社、宗像神社に続き京都御苑内三つ目の神社として厳島神社について書く。厳島神社は宗像神社のさらに南、九条家の庭園の傍らに建つ。主祭神は市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の宗像三女神、そして祇園女…

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京都御苑 宗像神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都御苑 宗像神社 京都御苑 宗像神社(きょうとぎょえん むなかたじんじゃ) 2010年1月17日訪問 京都御苑 宗像神社 白雲神社に続く京都御苑内の神社として宗像神社を取り上げる。宗像神社は白雲神社からさらに南に下り、賀陽宮邸と出水の小川そして下立売御門を過ぎた左手の植栽の中にある。 主祭神は宗像三女神である多紀理毘…

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京都御苑 白雲神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都御苑 白雲神社 京都御苑 白雲神社(きょうとぎょえん しらくもじんじゃ) 2010年1月17日訪問 京都御苑 白雲神社 京都御苑内の3つの井戸に続いて、3つの神社について記す。  京都御所の南西隅の目印、清水谷家の椋から南に下ったところに西園寺家跡がある。その南側、丁度出水通の延長線上に白雲神社が位置する。 京都御…

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御髪神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 御髪神社 御髪神社(みかみじんじゃ) 2009年12月20日訪問 御髪神社 大河内山荘から北に向かって進む。JR西日本山陰本線のトンネル上を越え、トロッコ嵐山駅に出るところで道が分岐する。左手に小倉池が広がる。既に3時近くになり日が傾き、池面に山の影が落ち始めていた。人出はあるもののなんとなく薄寒い感じのする場所である…

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櫟谷宗像神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 櫟谷宗像神社 櫟谷宗像神社(いちたにむなかたじんじゃ) 2009年12月20日訪問 櫟谷宗像神社 梅宮大社の石造の一之鳥居を潜り、四条通に戻る。梅宮大社前の停留所より京都市バス28系統大覚寺行に乗車する。バスは松尾橋で大堰川を渡り、阪急嵐山線松尾駅で右折し京都府道29号宇多野嵐山山田線に入る。そのまま北上し、法輪寺の門…

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押見宿祢霊社遺跡碑

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 押見宿祢霊社遺跡碑 押見宿祢霊社遺跡碑(おしみのすくねれいしゃいせきひ) 2009年12月20日訪問 押見宿祢霊社遺跡碑 月読神社の鳥居の右手に押見宿祢霊社遺跡碑が建つ。碑にも記されているように、昭和42年(1967)10月に松室同族会によって建立されている。碑文には、顕宗天皇3年(487)に歌荒樔田に月読社が創祀され…

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月読神社

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 月読神社 月読神社(つきよみじんじゃ) 2009年12月20日訪問 月読神社 阪急電鉄松尾駅を下車し、松尾の町並みを眺めながら、松尾大社の二の鳥居まで進む。前回の2009年12月20日の訪問で時間をかけて松風苑まで拝観したので、今回は鳥居の外からの御参りを済まし、先を急ぐこととする。二の鳥居前を左に曲り、府道29号宇多…

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京都の神社巡り その6

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都の神社巡り その6 京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり)その6 京都の神社巡り 大原野神社山城国乙訓郡 十九座 15 簀原神社          祭 神: 不明          社 格: 不明          所 在: 不明  「山城志」では、在所未レ詳 「山城名跡巡行志」(「京都叢書 第10巻 山城名跡…

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京都の神社巡り その5

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都の神社巡り その5 京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり)その5 京都の神社巡り 大歳神社山城国乙訓郡 十九座  7 御谷神社          祭 神: 天津児屋根命 別雷神 倉稲魂神               応神天皇          社 格: 旧村社          所 在: 長岡京市浄土谷宮ノ谷3…

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京都の神社巡り その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都の神社巡り その4 京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり)その4 京都の神社巡り 大井神社 大歳神社社前にある由来 宮中神三十六座と京中坐神三座に引き続き、山城国一二二座の内、乙訓郡十九座、葛野郡二十座、愛宕郡二十一座、紀伊郡八座、宇治郡十座の七十八座の中で訪問した式内社を中心に書いて行く。また、久世郡二十四座…

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京都の神社巡り その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都の神社巡り その3 京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり)その3 京都の神社巡り 隼神社 社格の変遷について、京都の神社巡りと、その2を通じて記してきた。ここでは、延喜式神名帳に掲載されている式内社の内、現在の京都市に近い部分を中心に書いてみる。 宮中神三十六座は以下のとおりである。      神祇官西院坐御巫…

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京都の神社巡り その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 京都の神社巡り その2 京都の神社巡り(きょうとのじんじゃめぐり)その2 京都の神社巡り 八坂神社 神社の社格について書いて行く。  律令制における国司は任国内の諸社に神拝することが定められており、諸国の一宮の起源ともされている。これは上記の二十二社制が、中央における祭祀体制であるのに対して、地方での祭祀体制として作ら…

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