地蔵院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 地蔵院 その2 臨済宗系単立 衣笠山 地蔵院(じぞういん)その2 2009年12月20日訪問 地蔵院 碧潭周皎と細川頼之の墓 地蔵院では、開山の碧潭周皎とこの地を買い取り地蔵院を建立した細川頼之について書いてみた。明徳3年(1392)頼之が64歳で没すると、その遺志よって周皎の墓の傍らに葬られ、将軍義満を始めとし、公卿…

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地蔵院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 地蔵院 臨済宗系単立 衣笠山 地蔵院(じぞういん) 2009年12月20日訪問 地蔵院 総門 西芳寺総門と西芳寺川に架かる大歇橋から再び池大雅美術館の近くの駐車場に戻る。先ほど歩いてきた華厳寺橋とは逆方向となる南側の石段を上る。この石段の脇には、「細川頼之公建立 一休禅師修養の寺 竹の寺 地蔵院庭園」という盛り沢山な道…

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高台寺 その10

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その10 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その10 2009年11月29日訪問 高台寺 この項では幕末において高台寺で起きたことをまとめてみることとする。  嘉永6年(1853)6月3日、フィルモア大統領の親書を携えた東インド艦隊司令長官マシュー・C・ペリーは、旗艦サスケハナ、ミシシッピ、プリマス、…

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高台寺 その9

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その9 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その9 2009年11月29日訪問 高台寺 勅使門 高台寺 その8では、明治18年(1885)11月の火災によりした仏殿の東北に忠義堂が築かれ、近年の高台寺境内の整備事業に伴い、撤去される運命であったものを大原野の正法寺に移したところまで説明してきた。ここから…

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高台寺 その8

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その8 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その8 2009年11月29日訪問 高台寺 高台寺 その3において、慶長3年(1598)の豊臣秀吉没後に北政所が伏見城を出て京都新城に移ったこと、さらには木下家の人々が関ヶ原の戦いに、どのように対峙したかについて書いてきた。また高台寺 その4では、慶長5年(1…

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高台寺 その7

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その7 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その7 2009年11月29日訪問 高台寺 時雨亭 高台寺 その5と高台寺 その6では、高台寺創設以前に衰退した雲居寺と金山院、引攝寺について書いてきた。この項では、岩栖院と高台寺建立時のことについて書いてみたい。 「京都坊目誌」(新修京都叢書刊行会 光彩社 …

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高台寺 その6

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その6 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その6 2009年11月29日訪問 高台寺 霊屋 浄蔵貴所や瞻西が住した以外にも、謡曲で有名な自然居士も雲居寺を住居としていた。この禅宗系の勧進聖は生没年不詳とされている。しかし永仁4年(1296)に制作されたと考えられている「天狗草紙」に蓑虫、電光、朝露と共…

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高台寺 その5

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その5 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その5 2009年11月29日訪問 高台寺 高台寺の庫裏を過ぎ、境内に入ると美しくライトアップされた湖月庵、鬼瓦席そして遺芳庵の3つの茶席が現れる。この先には右手に書院、左手に薄暗い中に偃月池が見える。さらに進むと左手の眺望が開け、高台寺庭園の全貌が見えてくる…

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高台寺 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その4 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その4 2009年11月29日訪問 高台寺高台寺 2008年5月18日撮影 高台寺 その3では、慶長3年(1598)の豊臣秀吉の死から1年して、北政所は大阪城を出て、京都新城に移り住み、ここで関ケ原の戦いを迎えることになったことを書いてきた。さらにこの項では、…

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高台寺 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 その3 臨済宗建仁寺派 鷲峰山 高台寺(こうだいじ)その3 2009年11月29日訪問 高台寺 遺芳庵 圓徳院庭園を観賞しているうちに、ライトアップの時間になっていたようだ。本日最後の訪問地として高台寺に向かう。圓徳院の境内からねねの道に出ると、高台寺の夜間拝観を目的として集まった人々で膨れ上がっていた。幸いに…

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高台寺 圓徳院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 圓徳院 その2 高台寺 圓徳院(えんとくいん)その2 2009年11月29日訪問 圓徳院 北書院北庭 高台寺 圓徳院では、圓徳院が建立されるまでの歴史を高台院とそれを取り巻く木下家の人々を中心に記してきた。この項では圓徳院庭園を中心に書いていきたい。 碓井小三郎が大正4年(1915)に纏めた「京都坊目誌」(新修…

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高台寺 圓徳院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 高台寺 圓徳院 高台寺 圓徳院(えんとくいん) 2009年11月29日訪問 圓徳院 方丈南庭 朝、天龍寺を訪れた時には非常に良い天気であったが、大徳寺を廻るあたりから曇りがちとなり、一番気になっていた祇園閣からの眺望を楽しむ段になって、厚い雲に覆われた鈍よりとした空になってしまった。最後に最上層より四方の眺望を確認した…

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大徳寺 黄梅院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 黄梅院 その2 大徳寺 黄梅院(おうばいいん)その2 2009年11月29日訪問 大徳寺 黄梅院 前庭と玄関、庫裏 本日の大徳寺の塔頭への訪問の最後となる黄梅院へと向かう。 黄梅院は第98世春林宗俶が創立した黄梅庵が前身となっている。この地にはもと第87世休翁宗萬の塔頭龍福院があった。休翁は龍泉派の第79世悦溪…

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大徳寺 興臨院 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 興臨院 その4 大徳寺 興臨院(こうりんいん)その4 2009年11月29日訪問 大徳寺 興臨院 北庭 興臨院は大徳寺の山門の西に位置する。東面する平唐門とその先の玄関の唐破風屋根は、ほぼ東西軸上にある。玄関の北側には本堂があり、ここまでの表門、玄関そして本堂が創建時の建物とされ重要文化財に指定されている。なお…

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大徳寺 興臨院 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 興臨院 その3 大徳寺 興臨院(こうりんいん)その3 2009年11月29日訪問 大徳寺 興臨院 方丈南庭 芳春院の長い参道を歩き、再び大徳寺の庫裏と法堂に戻る。この後は春と秋に特別公開を行なっている興臨院と黄梅院を訪問するため、勅使門まで南に下る。大徳寺 興臨院 山門 2008年5月19日撮影大徳寺 興臨院 …

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大徳寺 芳春院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 芳春院 その2 大徳寺 芳春院(ほうしゅんいん)その2 2009年11月29日訪問 大徳寺 芳春院 呑湖閣 芳春院の本堂南庭は花岸庭と呼ばれる新しい庭。松子が好んだとされる桔梗の花が一面に生い茂る庭を1989年に中根金作が禅宗の南庭の様式を守り、なおかつ、どことなく女性的な雰囲気を漂わせる美しく優しい庭に改めて…

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大徳寺 芳春院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 芳春院 大徳寺 芳春院(ほうしゅんいん) 2009年11月29日訪問 大徳寺 芳春院 花岸庭 総見院を出て東隣りに並ぶ聚光院の前を過ぎると、目の前に大徳寺の庫裏と法堂が現れる。ここで左に曲がると大仙院と真珠庵へ続く道となっているが、今回は大仙院の方丈屋根が見えたところで曲がらずに、そのまま北に進む。ほどなくして…

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大徳寺 孤篷庵 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 孤篷庵 その4 大徳寺 孤篷庵(こほうあん)その4 2009年11月29日訪問 大徳寺 孤篷庵 延段 大徳寺 孤篷庵で、小堀政一と春屋宗園や江月宗玩との関係について書いてみた。また、大徳寺 孤篷庵その2、大徳寺 孤篷庵その3で政一の仕事の中の建築と作庭を中心に眺めてきた。比較的長く書いてみたものの、茶の湯につい…

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大徳寺 孤篷庵 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 孤篷庵 その3 大徳寺 孤篷庵(こほうあん)その3 2009年11月29日訪問 大徳寺 孤篷庵 石橋 大徳寺 孤篷庵その2に続き、二条城への行幸以降の小堀遠州の後期の仕事を年代順に見ていく。二条城行幸を無事に終えた寛永3年(1626)小堀政一は大阪城再建の現場に再び戻り、天守並びに本丸御殿の作事に従事している。…

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大徳寺 孤篷庵 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 孤篷庵 その2 大徳寺 孤篷庵(こほうあん)その2 2009年11月29日訪問 大徳寺 孤篷庵 石橋と山門 大徳寺 孤篷庵に続き、小堀遠州の前期の仕事を年代順に見ていく。まず慶長11年(1606)に後陽成院御所の造営奉行となっている。この造営は関ケ原の戦いに勝利した徳川家康が、織田信長、豊臣秀吉の皇室政策を継承…

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大徳寺 孤篷庵

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 大徳寺 孤篷庵 大徳寺 孤篷庵(こほうあん) 2009年11月29日訪問 大徳寺 孤篷庵 山門 京福電気鉄道の北野白梅町駅で北野線を下り、駅前の京都市営バスの停留所から205号に乗車する。大徳寺へ行くのならば、7つ目の大徳寺前で下車すればよいのだが、塔頭の孤篷庵を訪問するならば、4つ目の千本北大路で下りる方がよいだろう…

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天龍寺 弘源寺

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 弘源寺 天龍寺 弘源寺(こうげんじ) 2009年11月29日訪問 天龍寺 弘源寺 虎嘯の庭 宝厳院の山門を潜り、紅葉の美しい参道を北に進むと再び法堂の前に出る。放生池の北側を東に進み、松巌寺、慈済院を過ぎると、毘沙門天の提灯を吊るした弘源寺の山門が現れる。天龍寺 弘源寺 山門 永享元年(1429)あるいは文安3…

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天龍寺 宝厳院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 宝厳院 その2 天龍寺 宝厳院(ほうごんいん)その2 2009年11月29日訪問 天龍寺 宝厳院 苦界と三尊石の庭 移転した2002年に作庭されたと思われる 前回、宝厳院を訪れた時は、冬の夕暮れ時期であったため、光量の少ない写真しか撮影できなかった。特に亀山の東に広がる庭園は、日没も早い上に逆光になってしまう。…

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天龍寺 その6

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 その6 臨済宗 天龍寺派大本山 霊亀山 天龍寺(てんりゅうじ)その6 2009年11月29日訪問 天龍寺 方丈庭園 国司信濃が天龍寺に駐留し蛤御門に進攻した経緯と薩摩軍の長州兵掃討隊が天龍寺全山を焼失させた状況については、寿寧院月航住職に日単に詳細に残されている。この日単については、「古寺巡礼 京都 天龍寺」(…

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天龍寺 その5

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 その5 臨済宗 天龍寺派大本山 霊亀山 天龍寺(てんりゅうじ)その5 2009年11月29日訪問 天龍寺 方丈庭園 既に嵯峨野の町並み その4でも触れたように、天龍寺はその創建から室町時代までに、延文3年(1358)、貞治6年(1367)、応安6年(1373)、康暦2年(1380)、文安4年(1447)そして応…

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天龍寺 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 その4 臨済宗 天龍寺派大本山 霊亀山 天龍寺(てんりゅうじ)その4 2009年11月29日訪問 天龍寺 大方丈と東庭 夢窓疎石が定めた天龍寺十境は下記のとおりである。   普明閣      広大慈光照世間 善財当面隔重関      眼皮横蓋虚空界 弾指開門匹似間   絶唱谿      灘声激出広長舌 莫謂深談…

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天龍寺 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 その3 臨済宗 天龍寺派大本山 霊亀山 天龍寺(てんりゅうじ)その3 2009年11月29日訪問 天龍寺 庫裏 亀山殿最後の継承者である恒明親王は、大覚寺統の亀山上皇の末子として嘉元元年(1303)に生まれている。嘉元3年(1305)の上皇崩御に伴い、如来寿量院を相続したことが「亀山院御処分状」に記されている。…

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天龍寺 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 天龍寺 その2 臨済宗 天龍寺派大本山 霊亀山 天龍寺(てんりゅうじ)その2 2009年11月29日訪問 天龍寺 法堂 琴きき橋の碑から渡月橋を眺めながら小督塚に至る。この塚自体は後世になって作られたものとされている。塚の西側には民家が建ち、三軒茶屋あるいは三軒家と呼ばれていたようだ。安永9年(1780)に刊行された都…

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東福寺 龍吟庵 その5

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 龍吟庵 その5 東福寺 龍吟庵(とうふくじ りゅうぎんあん)その5  2009/11/28訪問 東福寺 龍吟庵 開山堂 偃月橋の手前に掲げられている看板「国宝龍吟庵」の通り、龍吟庵方丈は現存する最古の方丈建築として国宝に指定されている。龍吟庵方丈の基本構成は、南北を軸とした左右対称の建物であり、現在は南庭と西庭…

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東福寺 龍吟庵 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 龍吟庵 その4 東福寺 龍吟庵(とうふくじ りゅうぎんあん)その4  2009/11/28訪問 東福寺 龍吟庵 方丈西庭 「龍の庭」 東福寺 龍吟庵 その3では、一条実経が無関普門禅師を東福寺に招いたところまで記した。ここからは亀山上皇と無関普門とのことに記してみる。東福寺 龍吟庵 方丈西庭東福寺 龍吟庵 方丈…

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