鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 その4

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 その4 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 (とばふしみせんぼうちょうじゅなんしゃのはか)その4  2008/12/22訪問 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 墓地入口から全景を眺める 石田孝喜著「幕末京都史跡大辞典」(新人物往来社 2009年刊)には、この墓地の成り立ちついて詳細に記されている。鳥羽伏見の戦い…

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鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 その3 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 (とばふしみせんぼうちょうじゅなんしゃのはか)その3  2008/12/22訪問 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 献花台の奥に墓碑が二列並ぶ 慶応4年(1868)1月3日の夕方、小枝橋での通過交渉が決裂し、ついに鳥羽伏見の戦い、あるいは1年半に及ぶ戊辰戦争が始まる。…

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鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 その2 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 (とばふしみせんぼうちょうじゅなんしゃのはか)その2  2008/12/22訪問 鳥羽伏見戦防長殉難者之墓 仲恭天皇 九條陵より参道を戻る途中を左手に入ると鳥羽伏見戦防長殉難者の墓地がある。前回の訪問は新緑の季節で木々も緑濃かったが、今回は葉もすっかり落ち、墓…

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仲恭天皇 九條陵 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 仲恭天皇 九條陵 その2 仲恭天皇 九條陵(ちゅうきょうてんのう くじょうのみささぎ)その2  2008/12/22訪問 仲恭天皇九條陵 九條陵へ続く参道は、崇徳天皇中宮皇嘉門院月輪南陵の前を過ぎてさらに東に緩やかに上っていく。鳥羽伏見戦防長殉難者之墓を右手に見ながら、進むと宮内庁の管理用の建物があり、ここで参道は右手…

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崇徳天皇中宮皇嘉門院月輪南陵

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 崇徳天皇中宮皇嘉門院月輪南陵 崇徳天皇中宮皇嘉門院月輪南陵(こうかもんいんつきのわみなみりょう)  2008/12/22訪問 皇嘉門院月輪南陵 前回九條陵を訪問した際は、陵の場所が良く分からず東福寺の方に道順を尋ねた。どうも聞いた方もあまり詳しくなかったようで、おおよその場所の情報しか得られなかった。大雑把な地図を頼り…

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東福寺 塔頭 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 塔頭 その2  東福寺 塔頭(たっちゅう)その2 2008年12月22日訪問 東福寺 大樹院■01 万寿寺 白河上皇が皇女郁芳門院内親王の菩提を弔うため、永長元年(1096)下京区万寿寺通高倉にあった六条内裏の中に建立された六条御堂がはじまり。  正嘉年間(1257~9)に十地上人覚空とその弟子慈一房湛照(宝…

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東福寺 光明院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 光明院 東福寺 光明院(こうみょういん) 2008年12月22日訪問 東福寺 光明院 波心庭 東福寺方丈を出て、重森三玲の庭園のある光明院に向かう。既に15時を過ぎているので、日没閉山にならないうちに着くように道を急ぐ。光明院は、室町時代の明徳2年(1391)金山明昶の開創。明昶は正平4年(1349)生まれで、…

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東福寺 方丈 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 方丈 その2 東福寺 方丈(ほうじょう)その2 2008年12月22日訪問 東福寺 方丈 八相の庭 東福寺の開山堂と普門院の楼門を出て、再び通天橋を渡り仏殿まで戻る。その後、東福寺の方丈を拝観する。東福寺 方丈 八相の庭 横からの眺め東福寺 方丈 八相の庭 正面からの眺め 東福寺の方丈庭園は前回の訪問の時にかな…

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東福寺 開山堂・普門院 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 開山堂・普門院 その3 東福寺 開山堂・普門院(かいざんどう・ふもんいん)その3 2008年12月22日訪問 東福寺 開山堂・普門院 開山堂庭園 鶴島と亀島 かげまるくん行状集記 に掲載されている本朝寺塔記には京都十刹としての普門寺についての記述がある。 東福寺の項でも触れたように、東福寺創設には長い年月を要し…

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東福寺 開山堂・普門院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 開山堂・普門院 その2 東福寺 開山堂・普門院(かいざんどう・ふもんいん)その2 2008年12月22日訪問 東福寺 開山堂・普門院 東福寺の塔頭・霊雲院の山門を出て再び一華院と同聚院の間の道を戻る。この道の突き当たりにある大機院は、北側に並ぶ栗棘庵や善慧院と比べると高台の上に建てられている。いつも感じるが、こ…

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東福寺 霊雲院  その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 霊雲院  その3 東福寺 霊雲院 (れいうんいん)その3 2008年12月22日訪問 東福寺 霊雲院 九山八海の庭 霊雲院の庭園は重森三玲の手によって修復、作庭されている。東福寺 霊雲院 遺愛石東福寺 霊雲院東福寺 霊雲院 九山八海の庭 と 臥雲の庭 の交わる部分 「重森三玲 永遠の求めつづけたアヴァンギャルド…

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東福寺 霊雲院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 霊雲院 その2 東福寺 霊雲院 (れいうんいん)その2 2008年12月22日訪問 東福寺 霊雲院 山門 東福寺の塔頭・同聚院を出て、隣の一華院との間の道を西に入っていく。同聚院と一華院の2つの塔頭の白壁に囲まれた参道は東福寺の境内の中でも美しい風景の一つである。ただ長方形の敷石を5本並べた延段は、非常に簡素で…

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東福寺 同聚院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 同聚院 東福寺 同聚院(どうじゅいん) 2008年12月22日訪問 東福寺 同聚院 山門 東福寺の塔頭・海蔵院を出て、北側の非公開の塔頭の門前を巡る。これらの塔頭の簡単な説明と写真は改めて東福寺の塔頭という形で項を起こす。 海蔵院の並びに龍眠庵、そして北に進むと右手に霊源院、そしてその奥の細道を入って行くと盛光…

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東福寺 海蔵院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 海蔵院 東福寺 海蔵院(かいぞういん) 2008年12月22日訪問 東福寺 海蔵院 山門 東福寺の塔頭・勝林寺の石段へと続く道を過ぎると、すぐ右手に海蔵院の山門が開いている。他の多くの塔頭とは異なり、中に入っていくことをできるように見える。この山門の右に社会福祉法人洛東園の看板がかかり、左にはかすれて読めなくな…

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東福寺 勝林寺

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 東福寺 勝林寺 東福寺 勝林寺(しょうりんじ) 2008年12月22日訪問 東福寺 勝林寺 門前の石段 泉涌寺・東福寺の町並みでも記したように、悲田院から京都市立日吉ヶ丘高校の南側を通る細い階段を下ると東福寺の塔頭・即宗院の東下に出る。この上部の高台には西郷隆盛が碑文をしたためた薩摩藩士東征戦亡之碑と戦死した藩士等の名…

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泉涌寺・東福寺の町並み

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺・東福寺の町並み 泉涌寺・東福寺の町並み(せんにゅうじ・とうふくじのまちなみ) 2008年12月22日訪問 泉涌寺・東福寺の町並み 左に道が続く 右は泉涌寺 悲田院の山門 悲田院の墓地より京都の市街地を眺めた後、山門から境外に出る。泉涌寺の大門で教えられた東福寺への近道に従い、泉涌寺道へ少し戻ると南に下って行く道…

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泉涌寺 悲田院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 悲田院 泉涌寺 悲田院(ひでんいん) 2008年12月22日訪問 泉涌寺 悲田院の山門 守脩親王墓、淑子内親王墓そして朝彦親王墓と賀陽宮墓地、久邇宮墓地を過ぎると泉涌寺の大門が現れる。既に何度か書いてきたように泉涌寺の境内は、この大門から東側へ下る形で広がっていく。悲田院へは、この大門の前を通り過ぎ総門へ向かう…

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朝彦親王墓 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 朝彦親王墓 その3 朝彦親王墓(あさひこしんのうのはか)その3 2008年12月22日訪問 朝彦親王墓 安政6年(1859)12月7日に、退隠 永蟄居が加えられた朝彦親王は、12月11日に青蓮院を出て相国寺の塔頭桂芳軒に移り、獅子王院宮と名を変えて謹慎する。安政の大獄の処刑は安政6年(1859)10月27日の吉田松陰を…

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朝彦親王墓 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 朝彦親王墓 その2 朝彦親王墓(あさひこしんのうのはか)その2 2008年12月22日訪問 朝彦親王墓 朝彦親王は文政7年(1824)伏見宮邦家親王の第4王子として生まれている。朝彦親王も同様だが、父の邦家親王は17王子、15王女と現在では考えられないほど子宝に恵まれている。第1王子・山階宮晃親王(文化13年(1816…

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朝彦親王墓

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 朝彦親王墓 朝彦親王墓(あさひこしんのうのはか) 2008年12月22日訪問 朝彦親王墓 賀陽宮墓地と久邇宮墓地 雲龍院の拝観を終えて、泉涌寺の大門方向に歩いていくと、解脱金剛宝塔の南に賀陽宮墓地と久邇宮墓地がある。 文久3年(1863)の八月十八日の政変の政変後、一時尹宮と称していた中川宮朝彦親王は、翌元治元年(18…

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泉涌寺 雲龍院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 雲龍院 その2 泉涌寺 雲龍院(うんりゅういん)その2 2008年12月22日訪問 泉涌寺 雲龍院 書院庭園の全景 泉涌寺 雲龍院の項から書き始めた、室町幕府の開闢から雲龍院の創建にかけての40年間の政治情勢をもう少し続ける。 足利尊氏は南朝と和睦を結ぶという禁じ手を使用することで、一時的に足利直義討伐に勢力を…

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泉涌寺 雲龍院

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 雲龍院 泉涌寺 雲龍院(うんりゅういん) 2008年12月22日訪問 泉涌寺 雲龍院 山門 泉涌寺の大門を出る前に、参道の南側の分かれ道を入って行く。泉涌寺 その3で記したように経蔵や解脱金剛宝塔など見ながら東に進むと、雲龍院の2つの門が現れる。泉涌寺 雲龍院 浴室脇から続く石段泉涌寺 雲龍院 山門と表門が並ぶ…

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泉涌寺 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 その3 真言宗泉涌寺派総本山 東山 泉涌寺(せんにゅうじ)その3 2008年12月22日訪問 泉涌寺 仏殿と舎利殿 泉涌寺の開山となる俊芿律師は、朝野の尊信が非常に厚く、後鳥羽上皇、土御門上皇、順徳上皇、後高倉上皇らのほか、大臣顕官の多くが大師に帰依し受戒されている。俊芿律師は泉涌寺…

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泉涌寺 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 その2 真言宗泉涌寺派総本山 東山 泉涌寺(せんにゅうじ)その2 2008年12月22日訪問 泉涌寺 大門から仏殿を眺める 泉涌寺本坊の玄関を出て、仏殿、舎利殿を中心とする泉涌寺の伽藍を見ていく。泉涌寺 参道 右手は大門に通じる泉涌寺 大門 泉涌寺の起源について最初に現われて来るのは、天長年間(824~834)…

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泉涌寺 本坊

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 本坊 泉涌寺 本坊(せんにゅうじ ほんぼう) 2008年12月22日訪問 泉涌寺 本坊 御座所庭園 月輪陵の白砂を敷き詰めた前庭には御座所庭園とつなぐ木戸がある。その位置を確認した上で、再び勅使門の前を戻り、泉涌寺本坊に入る。泉涌寺 本坊 霊明殿の唐門泉涌寺 本坊泉涌寺 本坊 泉涌寺本坊は、霊明殿、御座所そして…

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泉涌寺 月輪陵 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 月輪陵 その2 泉涌寺 月輪陵(つきのわのみささぎ)その2 2008年12月22日訪問 泉涌寺 月輪陵・後月輪陵 孝明天皇の後月輪東山陵の参拝を終え参道を下る。御陵はかなり高台に造られているため、御座所などの建物の屋根が眼下に見える。御陵参道の入口から、泉涌寺の舎利殿前の受付で拝観料を納め、泉涌寺の境内に入る。…

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泉涌寺 後月輪東山陵

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 後月輪東山陵 泉涌寺 後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしのみささぎ) 2008年12月22日訪問 泉涌寺 月輪東山陵 後堀川天皇の觀音寺陵の石段を下り、再び参道を進む。参道の終着点はかなり広い空間となり、トラックが2台止められていた。おそらく御陵の整備のためのものだろう。傍らには菊花の手水があった。月輪陵で見…

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泉涌寺 觀音寺陵

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 觀音寺陵 泉涌寺 觀音寺陵(かんおんじのみささぎ) 2008年12月22日訪問 泉涌寺 觀音寺陵 来迎院の山門を出て石橋を渡り、左手の石段を登る。この来迎院と善能寺の敷地が、泉涌寺の境内に比べると谷筋にあることが分かる。すなわち泉涌寺が東山へと続く一様の斜面上ではなく、複雑な起伏の上に造られてきた。これがまた泉…

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泉涌寺 来迎院 その2

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 来迎院 その2 泉涌寺 来迎院(らいごういん)その2  2008年12月22日訪問 泉涌寺 来迎院 石橋と山門 善能寺の山門を出ると、目の前の谷に石橋が架かる。この橋の先に来迎院の山門が建てられている。泉涌寺 来迎院 山門脇に建つ碑 ゆな荒神社と独鈷水が記されている泉涌寺 来迎院 左手に本堂、正面に荒神堂への石…

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泉涌寺 善能寺 その3

ブログを引越しました! → 徘徊の記憶│Haikai no kioku ・ 泉涌寺 善能寺 その3 泉涌寺 善能寺(ぜんのうじ)その3  2008年12月22日訪問 泉涌寺 善能寺 遊仙苑の鶴亀石 善能寺 その2で書いたように、善能寺は八条猪熊通にあり二階観音堂と呼ばれていた。そして弘仁14年(823)弘法大師が稲荷大明神を祀る寺として善能寺と号している。泉涌寺 善能寺 本堂の祥空殿泉涌寺 善…

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